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2005年5月の記事

2005.05.31

弁No.29 日弁連での新人研修写真

PA020054PA020055弁No.29 今頃になって、2004年10月2日の日弁連における大規模は新人研修の写真が出てきました。当日は、東京弁護士会・第二東京弁護士会への登録者以外の新入会員向けで、10月3日は、前記2会の新入会員向けでした。2日の場合、1クラス60人、3日の場合、同40人での研修ですが、会館内のほとんどすべての会議室を使っての大企画でした。今後、法曹3,000人時代を迎えると、この会館では何日にも分割するか、新たな方法を考えるしかないように思えます。

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2005.05.28

弁No.28 あ~あ。時間をどぶに・・・

P4110042P4080037弁No.28 今週は、いい話といやなことがありました。23日(月曜日)に少年付添人でお世話した少年が、超一級の場所で働き始めました。どうやら第1週目は、元気に務め終えたようで、一安心。1年くらいして、ここで、また、良い意味で紹介できることを願っています。審判直前に、ほぼ連日通った福岡家裁と、その庁舎前の桜です。
 次は、つらい話。プロの弁護士さんなら、結構頻繁にあることのようですが、私もついに、こんな目に遭いました。24日のことです。控訴理由がほぼ何も見つからない被告人が控訴した事件の国選弁護事件が当たり、この4月末~5月始めのゴールデンウィークをほとんどつぶして、初めての控訴趣意書を執筆。何人もの「先輩」弁護士にお尋ねをしてて書き上げた作文でした。高裁の担当裁判長も面識があるため、いい加減なものは書けません。拘置所での面会も4回、親との面接1回、情状証人予定者との面接1回、親や証人予定者らとの携帯電話での連絡も少なく見積もっても30回(夜遅くでないと連絡のつかない方々だったから)、と時間を使ったので、がっくりです。あとは、公判を待つばかりに近い状態だったのに。何の事前・事後の連絡もなく、拘置所から裁判所宛ての1枚の紙で、控訴取下げです。控訴は、被告人の権利、それを取り下げるのも被告人の権利。しかし、精一杯の対応をしているのに、本人からの事前の連絡も、事後の取下げをした旨の通知もないまま、裁判所から、「取下げがありましたので、決定済みの公判期日は取り消します」で終わり。いくら、控訴取下げが被告人の権利とはいえ、私には、時間をドブに捨てたような感じしか残りません。このようなことを書くと、弁護士失格と言われるでしょうが。
 ただ、この事件で知ったことはいろいろあります。覚せい剤についても相当勉強しました。1回の使用量、価格、注射の仕方、売買方法なども。そのほか、あれほど、住基カードを作る人が少ないのに、あえて利用している人たちがいることを、この被告人の供述調書から知りました。サラ金会社のブラックリストに載っている人が、戸籍名や住所を変えてから住基カードを取得して、さらにカネを借りるために。また、質屋に盗品を入れるときにも、このカードは使えるようです。総務省は、こうした人たちの便宜のために、多額の予算を使って制度設計をしたのでしょうか。ちなみに、一部の町村の職員から聞いた話では、職員個人が住基カードを持っていないと、町村として行う補助金申請ができないとか。普及のために結構せこい使用強制があるようです。現時点で、住基カードの普及率は、どのくらいなのでしょう。
 参考までに、斉藤貴男「住基ネットと安心のファシズム」『北海道自治研究』435号(2005年4月号)2~21頁は、読みやすい講演記録です。著者は、普通の商業誌の編集者や記者を経てフリーになったのち、90年代後半になってから「今の世の中の動きに異常さを感じ取るようになりました」と書いています。

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2005.05.25

弁No.27 法曹界トップのしゃれた挨拶

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05logo弁No.27 24日の夕方、福岡市内の著名ホテルにおいて、福岡県弁護士の新年度役員就任の披露宴が行われました。新人で野次馬気分の私は、勉強、情報収集、顔つなぎ、将来のロー・スクール教育の種々のことを考えて、この1年近くの会合には極力出席するようにしています。もっとも、弁護士会懇親会の会費は、学生・院生とのコンパの3000円飲み放題コースとは、いささか違うので、懐はとても、寂しいものがあります。弁護士会のシンポなどで宿泊先として紹介されるホテルの値段も同様で、貧乏研究者にはこたえます。
 さて、先般の法曹三者の歓迎会のときもそうだったのですが、川副新会長の気合いの入った、メモなしの長時間の挨拶には、感動するものがありました。そして、かつては、そうではなかったようですが、広い会場には、実に多様な業界・団体・組織・マスコミの方々が招待されており、法曹三者の内輪の招待会というのとは完全に趣が異なっていました。やはり、参加・見学してよかったです。
 そして、私にとって、意外(失礼!)であったのは、法曹三者歓迎会のときと同様に、近藤敬夫・福岡地裁所長と佐々木茂夫・福岡高検検事長の祝辞や挨拶でした。お二人のお話は、いつも、ユーモアたっぷりで、かつて18年くらい前から見てきたドイツの裁判官のトップたちの水準に次第に近づいて来たなぁ、という思いです。検事長からいただいた名刺の裏は、 「裁判員」制度の宣伝です。名刺の表の右上にも、ロゴが入っています(右上)。現時点での名刺の勝負では、検察庁に軍配が上がります。

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2005.05.22

行政・自治No.4 激論で放送時間延長!

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行政・自治No.4 5月20日の市町村合併に関する生番組は、スタートして20分経った時点で、シナリオ上では早くも10分の遅れ。7名の市町村長のうち、3番手と4番手の発言を全面カットして、次のテーマに入り、さらにカットが続いて、始まってから50分くらいの段階で、進行表上の時刻とテーマが一致してきました。7名のうち、5名の市町村長は、ほとんど発言の機会がなかったと思われたのではないでしょうか。8時43分終了予定が、8時20分頃の段階で、8時50分の終了ということに突然の変更。いつも発言順が最後になる3~4名の市町村長が、まとめの発言を数十秒ずつにしてくださったので、ようやく会場から2人目の発言を聞く時間がとれました。生番組は本当に大変ですね。肝心の市町村合併後の自治のあり方。これについては、また、いずれかの機会に。全国すべての地域で観光振興、産業振興を模索しているところですから、日本全体から見ると、ほんの片隅にある地域で、独自の産業興し、といっても実に大変なことであるのが分かります。いずれにしても、番組に出たことで、多くの生の資料も手に入りましたし、大いに勉強になりました。
 ご覧になった方、個人的にメールで感想などをお寄せ頂きますと幸いです。

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2005.05.19

5月20日 NHK総合テレビ(松江放送局エリアのみ)に出ます

 録画ものはともかく、生のテレビに、1990年7月5日の水野武夫キャスター(大阪弁護士会所属の弁護士。今回の行政事件訴訟法改正で大活躍)のニュース番組「タイムリー10」(KBS京都)以来、15年ぶりに出ます。
 5月20日(金)の19:30~20:43のゴールデンタイムに、NHK松江放送局の総合テレビ討論:市町村合併 ~ これからの町づくりは~ に出ることになっています。山口県や広島県との県境付近を含む島根県の方しか見てはいただけないローカル番組ですが、ある種の研究成果の発表の場となります。「町づくり」というのは、私のミスタイプではありません。正式なタイトルのようです。
 下記の自治体首長の方々のほかには、アナウンサーと私ということになっています。
  ●松浦正敬 松江市長
  ●西尾理弘 出雲市長
  ●速水雄一 雲南市長
  ●本田恭一 斐川町長
  ●樋口忠三 川本町長
  ●山内道雄 海士町長
  ●三浦秀史 柿木村長
 放映は、松江市灘町の放送局からではなく、「くにびきメッセ」(松江市)からで、会場には50~100人程の市民が入るそうですが、すでに募集は締め切られています。時間があり、かつ、地理的条件が合う方はご覧ください。
 6月17日(金)の21:30~22:15には、放送大学(テレビ)の大学院向け講義「地方自治政策」にゲスト出演します。これは、録画もので、詳しくは後ほど。

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2005.05.18

弁No.26 いわゆる“司法改革”のスタート時期

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弁No.26 今日は、一言だけ。日弁連司法改革実現本部編『司法改革 ― 市民のための司法をめざして』(日本評論社、2005年)の巻末の〔司法改革年表〕を見ると、今回の司法改革のスタートが「1990年5月25日 第41回日弁連定期総会「司法改革に関する宣言」採択」となっています。ちょっと、自画自賛に過ぎるのでは? もう少し、前史がありそうな。日弁連の中にも、この宣言に至るまでの前史はありますしね。もっとも、弁護士会以外の前史を書き始めるとキリがないのはわかりますが。この本の書評を、最近いくつか見ます。どの書評にも、法学部生、ロー・スクール学生や市民にも読んで欲しい、と書いてありますが、真面目に読む読者が、日弁連だけの先進的な努力で司法改革が始まったかのように誤解しないか、ちょっと気になります。

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2005.05.16

弁No.25 刑事事件被告人になることを勧めた悪徳法律家?

_弁No.25 これまで、大学教員専念期間において、多数の弁護士さんや市民の方から行政事件で相談がありました。すでに提訴された事件について「やめた方(取り下げた方)がいいですよ」とは言えないのですが、提起される前の相談であれば、よほどのお金と暇のある方を除けば、行政事件訴訟で勝つのはほとんど不可能であるし、勝っても、時間がかかるし、精神的にも経済的にも結果的にはソンですよ・・・と言い続けてきました。しかし、10年くらい前でしょうか、戦後の著名憲法訴訟をもっとも多く扱ってこられた弁護士から、「それは、いけない。悪い判例を直すきっかけにならないではないか」と糺されました。その後、多少は心を入れ替えていますが、しかし、膨大な経費をかけて徒労に終わる訴訟を簡単に勧めるわけにはいきません。ただ、ごく例外的に訴訟提起を提案したこともあります。
 以下のケースは、刑事事件の被告になることを勧めたものですが、質的には、行政活動の濫用(に近い行為)を戒めようとするものです。私も、北海道の見通しのきく広い道路で、時速制限40キロのところ、63キロ出ているという理由で、助手席に乗っているとき運転者が捕まったという経験がありますので、なぜ、急停車させて危なくない安全地帯でのみスピード違反取り締まるのか、腹立ち紛れで小論でを書いたこともあります(「演習・交通取締りと行政救済」『法学教室』99号(1988年)95頁)。
 釧路の今瞭美弁護士がスピード違反で刑事事件で正式裁判を求められ、最高裁まで行っている事件がそれです。 「私は今、刑事被告人!」 というタイトルのページをご覧ください。私は同弁護士が被告人になることを支持した例外的な人間のようです。そこに書いてあることは、事実です。大多数の方は無駄なことをしないように反対されたようで、こちらが世間的には「健全な」反応なのでしょう。ちなみに、同弁護士の『裁判官!それはあんまりです!』 (民事法研究会 ; ISBN: 494402732X ; 増補版 (1993/07) )の「あとがき」もお読み頂けると幸いです。

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2005.05.13

弁No.24 新人研修を終えましたが・・・

P3310018弁No.24  福岡の高裁・地裁・簡裁の前には、昼に弁当屋さんが並びます。この光景にも、少し慣れました。
 この弁護士日記のシリーズは、とりわけリアルタイムの出来事は、書くことができません。ちょっと時間が経ってから、場合によっては、相当に時間が経ってからやっと触れることが可能となることが多いのです。ある特定の事件なり出来事とはわからないようになってから、ということですね。
 さて、10月に始まった新人弁護士研修も、実は、4月のうちに終了した旨の報告を弁護士会に提出していました。唯一、できなかったのは、「人権救済申立事件調査」です。これは、新人弁護士の人数ほどの件数がなかったから、当番が来なかったものと思われます。
 今は、4回の法律相談、一審の国選弁護事件2件、当番弁護士2件、少年付添事件1件、選択科目として民事事件1件、行政事件1件を扱い、その他集合研修6件を受けたところですが、このうち、国選弁護事件の1件と民事事件1件は、係属中です。その上に、最近は、国選の刑事国選事件や、各種の法律相談も割り振られていますから、結構時間を取られます。
 これらの事件に触れる中で感じたこと、考えたことはたくさんあります。ですが、まだ、実質的に最終結果が出ていないものもありますので、まだ書ける段階に至っていないことが多すぎます。
 プロの弁護士から見れば何でもない数と思われる「たったこれだけ」の研修かもしれません。しかし、このブログの始めの頃に書いたように、私は2004年度後期は、前期に比べて講義・ゼミの面で若干時間の余裕があったからこそ、できたことでした。おそらく、ロー・スクールであれ、学部・大学院であれ、通常の教育負担を背負っていては、まず、このプログラムをこなすことは不可能ではないかと思います。あるいは、相当の手抜きをしないと対応できないのでは、と感じます。2005年の10月からは、私の後で登録した少なくとも3名の同僚が新人研修を受けることになりますが、おそらく時間的には完遂は無理ではないか、と予想します。国選弁護事件もまじめに取り組めば際限なくすることがあります。少年付添事件などは、最終段階で連続4日の平日を確保していないと、自分自身にとっても充分な活動はできないように思われます。しかも、それらの日は特段の予告なくやってくる感じです。私自身、実を言うと、2005年の9月末までは、もう1日の法廷の日も、相談日も取れないほどスケジュールが詰まってしまいました。さて、私がこれから日本にいない間にも遠慮なしに法律相談日の指定が入ってきています。はてさて、どうしたものか思案中です。

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2005.05.10

余震のたびに拡大する被害

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 福岡での地震は、次第に収まっているようにみえますが、余震のたびに、一度入ったひびは拡大していくようです。法律事務所の最寄り駅である地下鉄・赤坂駅は、その典型例のようです。最初の大きな余震では、エレベーターが絆創膏を貼ったような姿になりました。少し前の震度4の余震で、さらに地表からほんのちょっと下の階段でも水漏れがひどくなり、ビニール・シートが不細工に張られました。階段は、水漏れが続き、その他、いろいろな歪みが見られます。今日(正確には、日付が変わったので昨日5月9日)の写真です。

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2005.05.07

行政・自治No.3 逢坂・ニセコ町長の声のブログから

行政・自治No.3 たまたま、長年のファイル類を整理していたら、逢坂・ニセコ町長が就任された翌年の各種電子メール記録など(紙に印刷したセミナー案内その他)が出てきました。当時、「パソコン通信」の「電子会議室」で使われていた<怪人ニセコ>という署名付きです。つまり、1995年夏頃のものです。町長就任後もしばらくは<怪人ニセコ>名義だったのか、とインターネットで調べてみたら、また、別のキーワードが引っかかってしまいました。同氏が最近始められている“声のBlog”で拙著『人間の尊厳と司法権』を紹介されているのが分かりました。今年(2005年)4月18日付のものです。是非、聞いてみてください。Voice of Niseko(VON) ニセコから声の発信 VON(ヴォン) 。確かに、逢坂さんもおっしゃっているように、この本は、「はしがき」、「序章」、「終章」、そして、できれば「第4章」を読んでいただければ、当面は充分です。全部で3000冊ほどしか有料では売れていないという奇書ですが、拾い読みをしていただければありがたいです。売れないために、税務対策の関係から10年くらい前に、200冊ほどは裁断処理されたという歴史も背負っている本です。

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2005.05.04

弁No.23 「お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか」

弁No.23 かつては航空機の中で、しばしばこのアナウンスを聞きました。このごろ、少なくなったのは、機内で乗務員が若干の応急措置をとれるようになったことや、救急薬品などを積むことができるようになったからだと思います。今でも、ときには、こういう放送があるのでしょう。
 これに対して、「お客様の中に、弁護士の方はいらっしゃいますか」という機内アナウンスや車掌の放送はないだろうなぁ、と思います。
 ところが、ところが。まさに、車内で殴り合いが始まり、下手すると血みどろの事件になりそうなとき、たまたま乗り合わせている弁護士はどのような行動をとるべきなのでしょうか。正解は何なのでしょう。
 世の中、何が起きるか分かりません。先日、生まれて初めて「110番」の電話をしました。それも携帯電話からです。しかも、特急列車の中からです。
 博多を出てしばらくして酩酊者が大騒ぎを始めましたが、止めに入った人もやや酩酊気味。車掌は、酔客から「ライターを出せ」、「マッチを貸せ」と大声で言われ、右往左往。車内は、どうなることかと、振り返る人と、ひたすら知らぬ顔をする人に分かれます。殴り合いの事態が始まった時点で座席から小声で110番をしました。受信は、福岡県警。しかし、最初の停車駅は、佐賀県内。駅前までパトカーが来たものの、車内に入る前に列車は出発。次の停車駅は、わずか5分後で再び福岡県内。ここで福岡県警のパトカーが間に合い、一応、つかみ合い状態の2名を説得して駅に降ろし5分遅れで出発しました。異なる県警間のリレーには感謝です。その日は、裁判所で1時間も検察側証人の警官をきびしく尋問した後であり、同じ日にパトカーを呼んだ自分の「自己矛盾」に後ろめたい気持ちが残ります。この駅を出て50分弱でしょうか、列車は、降車駅に遅れを取り戻して到着しました。もともとギリギリで組まれているダイヤ。果たしてこの遅延回復は良かったのかどうか・・・。乗っていても普段よりスピードを出していることはよく分かりました。私も、こういう行動を取ったことが良かったかどうか、まだ迷っているところです。あのままなら、けが人が出た上に、車内は相当の混乱状態になっただろうし・・・と、思考は行ったり来たりしたままです。

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2005.05.02

行政・自治No.2 30秒遅れによる再教育

行政・自治No.2 最近、自治基本条例に関する講演や研修の際に、次のようなことを話していました。「新幹線の運転士は、平常運転のときに、東京―新大阪間で30秒以上遅れると運転手の訓練所に戻され、模擬運転席での訓練や反省文を書かされるそうです。ニセコ町でも、抜き打ちチェックの際に、行政文書をキャビネットから30秒以内に取り出すことができないと、その課では再教育が行われます。30秒がいかに大事か、分かるでしょう・・・」みたいな話です。そういう講演や研修をするところでは、文書なりデータが何年待っても出てこないところが多いわけですから、新幹線運転手の置かれた状況を聞くと「お~ッ」というどよめきがおきるのが常でした。文書管理のいい加減な自治体では、再教育も反省文の強要もありません。「皆さん、恵まれた職場にお勤めですね」、などと冗談交じりに話していたところです。そこへ福知山線の事故です。
 この間、飛行機、新幹線、毎日のように乗っている在来線特急で、あまりにもアナウンスがひどくなっていると感じていました。「3分遅れて離陸しました。お急ぎのご旅行中に大変ご迷惑をおかけしました」という機内アナウンス。飛行機は気流の関係で定時に到着する可能性が残っているのです。列車の車掌も、駅を出発するたびに、また、到着するたびに、数分の遅れのお詫びをしています。その異常さをずっと感じていたところで、起きるべくして起きた事故のように思います。
 いつの頃からか、人々の集いの場所では、「お忙しいところ本日は・・・」で会合が始まるようになりました。「」という字は、心を亡くしていると書きます。実際にも、そうなのでしょう。それほど、競争して、急がなければならないのでしょうか。
 きわどいダイヤで列車が走っています。この件、また次回に。

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