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2006.01.30

弁No.54 国会議員バッジ、弁護士バッジ

弁No.54 2006年1月28日付の朝日新聞に自公議員から議員バッジ廃止論が出ているという記事が載っていました。「国会議員でバッジをつけているのは日本と韓国ぐらい。アジア的後進性の象徴とさえ言える」という議員自身の声だという。市町村議員も含めて、議員バッジは組紐(正式には何というのですか?)で落ちないようにしてありますね。

 小泉首相は、2005年6月8日に国会議員バッジを着けないまま参院本会議に臨み、秘書官らが気付いて衆院事務局まで走って予備の国会議員バッジを調達して首相に届ける一幕があったということです。顔パスではダメなのでしょうか? ニセのバッジでも形状が同じなら通過できるのでしょうか? 国会議員には身分証明書はないのでしょうか?

 バッジ一つでも「国家論」になるほど、語るべき問題はあまりに多いです。

 市町村から国まで、議員も日常はバッジを付けることが少なくなったような気がします。かくいう私も中学校卒業以来、バッジを持ったことはないように思いますが、一昨年の7月からバッジを持つことになりました。実際には、国選弁護事件の法廷と、警察拘置所に入るとき、そして、市役所や公的機関での法律相談、さらには、家宅捜索の立会い時以外には付けたことはありません。従って、バッジそのものは今でも空気を浴びていないので金ピカのままです。

 そもそも、日本の司法改革が、最終的に成功すれば、弁護士もバッジを付けなくなるときであろう、と書いたことあります。特に若い頃は、通勤電車の中で、バッジを付けている弁護士を見ると、何となく特権意識丸出しに見えてとても嫌な印象をもったものです。したがって、自分としてはあまり付けたくはありません。行政法の講義をしたこの後期に、1回もそうしたものを「開示」しなかったので、出席カードには、一度近くで見てみたいというのがありました。さて、バッジ問題は、まだ、いろいろ論点があります。裁判官・裁判所職員のバッジのことも、検察官のバッジも。

 ただ、最近、列車や地下鉄の中で、会社員や団体職員らが、結構大きなバッジを付けることが多くなったような気がします。一時期より組織への忠誠、あるいは帰属意識を求められる風潮によるものでしょうか。あるいは、バッジや首からぶら下げる身分証で、悪いことをしないように、とか、情報公開機能を持っているのでしょうか? それとも、そもそも、これは私だけの感想なのでしょうか?

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コメント

 議員バッジについて、平成3年頃だったのですが、いわゆる市民派議員の方がバッジを着けずに委員会出席した際、他の議員から指摘を受けて少し騒動になったことがあったと記憶しています。やっぱり権威の象徴として、当時はバッジを重視する意識が高かったのだと思っています。
 また、これも15年くらい前ですが、市の顧問弁護士の方に弁護士バッジを見せていただき、バッジの裏側に登録番号(?)が刻まれていて、それが身分証明書のようなものだと説明していただいたことがあります。弁護士の方には、「弁護士の○○です」と名のる人と「××法律事務所の○○です」と名乗る人に分かれていたのが、個人的には印象が強いです。職業人としての意識の差でしょうか。

投稿: 杉山富昭 | 2006.01.31 12:37

 最近は、杉山さんのブログ経由のお客様が結構いらっしゃいます。
 さて、杉山さんでも、弁護士バッジの裏の「登録番号」のことを正確にはご存知ないというのは、日本の「司法の遠さ」を象徴しているみたいですね。間違いなく登録番号が刻んであります。私は登録が遅いため、3万台です。自分の番号を「さいこうさいよ(最高裁よ) 315314」と覚えていますが、正確にはこの番号ではありません。お暇な方は、日弁連のホームページで、弁護士名(私の場合「木佐」の一語で十分)で検索すると登録番号を見ることができます。この登録番号で、大体いつ頃の司法試験合格者かわかります。
 ちなみに、私は、「弁護士の木佐」とは、普通はほとんど言いません。「九州リーガル・クリニック(法律事務所)の木佐」と言っています。正式名称が、「弁護士法人九州リーガル・クリニック法律事務所」と長いものですから。もっとも、当事者から医療法人と間違われる、あるいは、疑われる、問われることも多いです。

投稿: 木佐 | 2006.01.31 12:58

 木佐先生

 やはり登録番号は、そうでしたか。
 名札について、尼崎市も一昨年から首からぶら下げるのに変えています。当初、現場などの職員から、フルネームを記載しているのはキケンだという反対意見もあったようです。以前、窓口職員の住所が相手に知られ、家にまで来られるトラブルがあったらしいのですが、押し切られた格好です。今年の春からは名札に顔写真も入れる予定です。
 名札をフルネームにするしない、顔写真を入れる入れないにかかわらず、現場ではトラブルが勃発します。

投稿: 杉山富昭 | 2006.01.31 22:02

木佐先生
ご無沙汰いたしております。何故か余り裁判所でも弁護士会でもお会いしませんね。
昨年暮れ、私のパソコンのハードディスクが物理的に壊れ4万8千円も修理代を取られた上、バックアップを取るという初歩的な作業を怠っていたため、悲惨な結果になりました。
漸く復旧作業も何とか終わり、先生のブログも久し振りに拝見した次第です。
私は通勤・退勤の電車の中を含め仕事中は常時弁護士バッジを付けています。それを特権意識と受け取られているとは思いませんでしたが、私が常時付けている理由は仕事に必要だという事実(不可欠とまでは言いませんが)と、後は単に無くさないためです。弁護士生活16年間のうち今まで無くしかけて何とか見つけ出した経験が2度あります(うち1回は落ちたときの音に気付き、うち1回は恥ずかしい話ですがスーツのポケットに穴が空いていてしかしスーツの布地内には落ちずに収まっていたという笑い話です)。うまく財布に収まる形状でもないし、カバンにそのまま入れるとどこに行ったかわからないし、スーツのポケットもヤバイし、とにかく外出の度に付けたり外したりを繰り返していると私の性癖ではいずれ無くすことが目に見えているからスーツを変えたときに付け替えるだけにして、そのスーツを着ている間は付けっ放しにしています。無くすと始末書を日弁連に提出して新しいバッジを貸与してもらうことになりますが、そうなると、又金ピカのバッジを付けて回らなくてはなりません。そして、大抵無くすのは中洲で正体を失っていたときであることが多いと聞きます。
深く考えたことはありませんが、電車の中でバッジを付けていることが特権意識なのかなと思います。バッジに気付いた人が誰か席でも譲ってくれるのかしら。バッジが威力を発揮するのは拘置所・留置場に接見に行くとき位ではないでしょうか。そして、接見は弁護士の権利というより被告人・被疑者に対する義務を果たそうとしているので、特権の行使ではないでしょう。
私がバッジに不満ないし違和感が未だに消えないのは、どう見てもヒマワリに見えず菊に見えてしまうという点です。

投稿: 甲能 | 2006.02.01 17:20

なくさないために、かつ見せびらかしているように見せないためには、裏返しに付けて、必要なときだけ襟を裏返して見せるという方法もありますが、それも馬鹿馬鹿しいので、私はいつも特権意識丸出しで、空いた田舎の汽車に乗っております。

投稿: くまちん | 2006.02.02 16:11

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