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2006年4月の記事

2006.04.28

ふたたび 『判例集』論

 3月28日付の「『判例百選』シリーズの引用判例集」に対して、「ダメダメ憲法研究家の独りよがり(仮)」さんトラックバックをいただきました。

 「独りよがり(仮)」さんは、「気になったのは、判例百選シリーズの出典が、原則として民集(最高裁判所民事判例集)・刑集(最高裁判所刑事判例集)という正規の判例集のみだったのかどうかです」という観点から、行政法、憲法、民法、刑法、国際法、そして、おまけに 別冊ジュリスト168号『地方自治判例[第三版](2003年)』まで調べて頂いたのですが、結局、私が『行政判例百選』について書いたこと自体は否定できないように思います。

 私は、『行政判例百選』の第四版の段階で、多くの法曹実務家も学生も触れることのできる商業判例集の併記を編集部・編者に強く求めたのですが、それは叶いませんでした。そのほぼ直後といえる時期に、「刑法」や「民法」の百選は、『行政判例百選』より先に、商業判例集の採用を始めていたことを今回知りました。それも、21世紀に入ってからのことであることを確認してもらって有り難く思います。私は、1999年発売の『行政判例百選〔第四版〕』の作成時点で、この問題を言い続けていたからです。

 『憲法判例百選』が、早い時期から商業判例集を載せていたのは、必然的でしょう。憲法裁判所がなく、そして、憲法判例だけを集めた公式判例集は存在せず、憲法問題に触れた裁判判決があっても公式判例集に搭載されることは少なかった、あるいは、非常に少なかった、と言えるからだろうと思っています。

 私の関心は、4月1日付でも書いたように、研究者が元号を使わなければ、国内の申請書や諸届けの文書を提出できない、という問題とも絡まっているのでして、世界との比較をわざと難しくするような日本の「官」のルールに従わなければならないのか、ということにあります。数日前にも外国人研究者が書いた日本での研究費申請書類を、わざわざ、生年から業績刊行年まで、元号に直す手間を取られたばかりだからです。できあがった申請書を見て、たちどころに、何年前に書かれた論文か、何歳で大学を出ているのか、ということまでわからなくなってしまいました。

 日本では公式判例集といっても、例えば、最高裁判事が会議を開いて民集・刑集の搭載判決を選択しているのでしたか? (ひょっとして、調査官の方々の仕事では、という片隅に記憶が。間違っているかもしれません)。ドイツの連邦憲法裁判所では、判例選択は、選ばれた同裁判所判事による委員会の重要な職責だと聞いた記憶があります。

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2006.04.25

弁No.63 弁護士ランキング・再論

弁No.63 かつて2005年10月3日付のこのブログで「弁No.45 1つの弁護士ランキング」として、「各都道府県別の「良い」弁護士のベストテンがあって、ナント、私と本学の大出ロー・スクール院長(弁護士)が、福岡県内で同列6位でランクされています。」と書きました。格付け基準は別に見て頂くことにして、このときの評価では、評価基準にある「ホームページやブログを持っているかどうか」、というポイントが私の場合はまだカウントされていませんでした。現時点では、その15点がプラスされ、ナント、全国で12位(同位者が4名)、福岡県弁護士会内では2位(!)ということになっています。私について言えば、まったく実態の伴わない(?)ランキングではあります。

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2006.04.24

行政・自治No.49 「日本の行政組織には記憶(力)がない」(山口二郎)

行政・自治No.49 これは、北大の山口二郎教授が、(北海道)地方自治土曜講座の講義の際に述べた言葉です。薬害エイズの資料が厚生省で後から出てきたような例にとどまらず、およそ短期間で官僚・職員が次々と異動し、しかも、できごとを文書として記録にとどめず、仮に文書があっても記録をきちんと整理せず、引き継ぎもしない官僚風土を、当時同僚であった同氏が、表現したものです。私の記憶には、このフレーズが鮮明に残っています。的を射ていて名言だと思います。最近、ご本人に、「活字になっていれば引用したい」と尋ねたら、出版物の中には同一の文言はないとのことです。

 同氏の『日本政治の課題』(岩波新書、1997年)の96ページに、「日本の官僚制には歴史がないという叙述があり、中身としては同じ事なので、引用される際にはこれをお使いください。」ということですので、同じ趣旨で、引用させてもらいます。

 そうした行政組織の記憶喪失現象は無数にありますが、最近、また経験しました。総務省の行政管理局企画調整課行政手続・制度調査室の責任者の方から、直接、『行政不服審査制度研究報告書』が送られてきました。研究会の8名の委員中、6名までは面識のある方です。委員は確実に若い世代の方々に移っています。

 ただ、お送り頂いた方のメールを拝読していて不思議な気がしてきました。10年前の1996年に当時の総務庁で行政不服審査制度の見直しのための研究会がすでに開かれており、私自身が、「日本の現状に照らして見るドイツの行政不服審査」と題して、おしゃべりにも行っているのですが、その時に検討・議論したことは、どうやら今回の検討につながっていないようなのです。あるいは、資料として配付でもされているのかもしれませんが。

 行政不服審査制度の見直しが始まったのは行訴法改革などとの関係でも必然ではありますが、これまでの議論、しかも、総務庁・総務省での議論の蓄積も仮に活かされていないゼロからの出発であれば、国民は、税金を戻せ、と言いたくなるでしょうね。その都度、一から検討する、ということがないように祈りたいものです。

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2006.04.21

弁No.62 「九大、残業代不払い 労使協定破り数億円」

弁No.62 上記は、朝日新聞2006年4月21日の「見出し」ですが、その記事によれば、05年度の1年間の未払い残業代が数億円に上るということで、福岡東労働基準監督署から是正勧告を受けているそうです。
 04年度についても同様の勧告を受けているのですから、「今さら、何を」という感が強いですね。

 新聞紙上での九大人事課長のコメントは、「国家公務員の時の意識が抜けていなかった」というのですから、国家公務員時代には、残業手当を支払っていなかった、あるいは、支払わなくていいと思っていた、ということを自白しているわけですね。

 こうした違法行為の事例は学内に相当ありそうです。この不払い残業には誰もが気づいているわけで、法学研究院には、憲法・労働法・行政法の教員だけでも10名はいるのですが、おそらく誰一人、これを公式・非公式に問題提起することはないでしょう。やはり官僚組織の中にいるわけですから。

 今回の未払いは、わずかに、事務・技術職の約2000人についてのものです。教員にあっても、大きな問題がありますが、おそらく是正を期待するのは無理でしょう。教員は、裁量労働制で、1週間に40時間、好きな時に働いたことになっています。別紙のような報告書を毎月、提出させられます。私の知る限り、法学研究院の同僚で、研究と教育をしっかりやっているスタッフは、全員、1日の労働時間が10時間を超える日がとても10日や15日にはとどまりません。しかし、これまた私の知る限り、法律の教員はほとんど誰もがウソを書いて、超過勤務はないという報告をしています。

 一度、私が正直に、月に半分以上が1日10時間の労働時間を超えている、という報告をしたら、保健衛生の担当係から、肩こり体操の案内と、働きすぎないように、という文書忠告がありました。今は、教育の準備と実際の授業、単純な学内業務をしているだけで軽く週40時間は直ぐに過ぎていきます。大体、70~80時間の週労働時間ですが、労働基準監督署は何とかしてくれないものなのでしょうか?

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2006.04.13

ホームページ リニューアル

 ブログというのは、素材はいっぱいあるのに、本当に書きたいことは書けないし、で、ホームページのリニューアルでもするか、ということになりました。正確に言うと、もちろん、ホームページ全体の構成の見直しなどの目的はあるのですが。

 今回の改訂に際して、リンクの欄に、私の1歳年下の妹が毎年作成しているハガキとして利用できるカレンダー作品を載せることにしました。若年性パーキンソン病で1992年に小学校の教員生活から離れ、その後、郷里に戻って、1994年より草花の写真を趣味にし始めました。実に多くの方々のお世話になり、不自由な身体で作り続けているカレンダーも、現在では、第9集となりました。追って、前作も掲載したいと思っています。

 現在掲載している3年分は、小村宏氏が、毎年、同氏のホームページ(山陰さわやかステーション)に掲載して下さっているファイルを、そのままご提供いただいたものです。小村氏には、厚く感謝申し上げます。

 まったくの赤字での生産活動ですが、手にしてみたいと思われる方がございましたら、木佐(私)まで、ご連絡ください。なお、現在(2006年)4月3日~5月6日まで、島根県出雲市西平田町の吉直整形クリニック(電話:0853-63-2020)のギャラリーで、引き延ばした花の写真40点を展示中です。お近くの方は、どうぞ。

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2006.04.09

飛行機は、開港のたびに、遠くなり

 飛行場が新しくできるたびに、拡張されるたびに、通常は、空港までの距離が遠くなります。ナリタ、サッポロ、ハネダ、カンサイ、チュウブ、ヒロシマ・・・。日本の空港は、空港というよりもショッピングセンターという感じです。そして、空港拡張に伴い、エンドース(他社便への振りかえ)がほぼ不可能になりました。多分、ビジネスマンは相当困っているでしょう。ハネダの2つのターミナルは、モノレール1駅分ありますから、エンドース手続はほぼ不可能でしょう。もう一つ、困っていること。出発空港と到着空港が異なるときには、よく羽田空港の手荷物預かりを利用していました。この場合、登場する航空会社の如何は問いません。ところが、新ターミナルができて大変。例えばANAで行って、JALで日帰りする場合には、両ターミナルがモノレール一駅ほど離れていますから、これからは浜松町まで持っていくなどして預けるしかないですが、じゃぁ、帰りに京浜品川から羽田に向かうときにはどうするんだ、とまたもや難題。

 それとは別の問題もあります。今度、中部国際空港が開港して、私にとっては不便になりました。ある用事が終わって、名古屋から自宅に帰ろうとすると、航空2社が、計4便飛ばしています。しかし、乗客の奪い合いという関係から、同じ時間帯に2便が飛びますから、結局、1日に2便しかないのと同様です。しかも、早い時間帯に2社とも名古屋を出発するために、仕事が終わってからでは乗れなくなりました。小牧空港時代がなつかしい・・・
 ほんの少し前、福岡←→札幌便は、3社が1便ずつ飛ばしていましたが、全部同じ時間帯に出発するのです。北海道へ向かう飛行機は、全国各空港発とも、少しでも北海道で観光ができるように午前の早く出発、北海道発は、観光を終えてから帰宅できるように全便が夕方近くに出発。これが北海道へ1便しかない路線での全国的に平均的な姿です。
 そして、これまた全国的にみて、1社しか参入していないローカル線では(要するに羽田線ですが)、仮に1日に5本あるとすると、結構よい間隔で飛んでいるものの、今度は、1社独占ですから、割引競争がありません。
 いずれにしても、問題だらけの感があります。
 幹線だけに載っている人にはわからないと思われる「差別」はもっとあります。書けばきりがない・・・

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2006.04.01

弁No.61 宮本判事補再任拒否から35周年

弁No.61 昨日3月31日は、宮本康昭裁判官が熊本地裁判事補から判事として再任されなかったことが決定された日であり、それから35周年目の日でした。日弁連会館では、「宮本康昭さんの古稀をお祝いし35年を振り返るシンポジウム」が開催されましたので、都心に3時間ほど滞在して、九州に戻ってきました。
 会場は、福島重雄・元判事を始め、日本の司法改革運動史に名を残す方々で、いっぱいになりました。1990年前後に若手弁護士として「ちょろちょろ」して、私どもといっしょに各種シンポや講演会を企画されていた弁護士たちは、とっくに各単位会の会長職などもすまされ、大変な貫禄です。そういう私は、弁護士登録2年未満のカケダシ。隅っこで、小さくなっている役回りに変わりました。

 シンポを聞きながら、「司法改革」が、今、時代のキーワードになっている一方、本来、問題の根幹にあったものが本当に忘れられずに進められているのかな、ひょっとしたら、原点から「司法改革」の再確認が必要ではないのかな、という感想を持ちます。

 例外はありますが、80年代から90年代の前半まで、およそ司法改革に関心を持たなかった方々により、少なからず給料や報酬をもらっての「仕事」として今の司法改革は進められています。政府や裁判所により、「仕事」として司法改革が制度化されるのは、もちろん、悪いことではありません。この点は、地方自治や地方分権でも同じことですが、ただ、初期の理念と、実際に進む「作業」との乖離にはいつも監視が必要であると思います。

 シンポジウムでは、笑いが出る場面がありました。何人かのパネリストが70年代、80年代として話をしても、「裁判所では、昭和、平成・・・」で考えているので、ピントが合わない、という趣旨のことを森野俊彦判事が話しされて、笑いが起きました。ここでも、元号は、深刻な問題で、市民間の対話を瞬時であれ不成立にします。

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