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2009.06.20

弁No.98 現代のお白州(その2)

Kuehlinghaupteingang弁No.98  かつて、ドイツ連邦憲法裁判所判事のキューリンク博士夫妻と訪れたときは、どこから入ったのか今では失念しています。写真を見る限り、正面(正門?)から入ったように見えます。

 そもそも、最高裁のホームページには、最高裁の所在地の地図もありませんし、傍聴人、当事者、代理人の入り口などの図面もありません。治安上の理由からでしょう。最寄りの地下鉄からの行き方は書いてありますが、羽田空港からの行き方とか、上野駅や東京駅で降りたときにどうしたらいいかは皆目わかりません。

 今回は、これまで何度も入った最高裁庁舎でありながら、初めて小法廷に入り、そのうちの第二小法廷の代理人席に、事件の順番が来てから、座りました。

 ホームページを見て、最高裁判所の裁判官の顔写真、経歴などの載っているページに辿り着ける人はどのくらいいるでしょうか。私は、今回、改めて最高裁のホームページから各最高裁判事の顔と名前を確認するために、次々とページをめくっていきましたが、簡単には辿り着けませんでした。仕方なく、検索で「最高裁判事」と入れて、各種文書の一覧を出させて、その上から何番目かにあるサイトに入ってやっと裁判官紹介のページに入りました。

 少なくとも、韓国でも台湾でも最高裁判事の集合写真や、個人写真の一覧があるなど、もっと分かりやすくできています。

 中国最高人民法院の裁判官たち  、台湾司法院の大法官たち韓国憲法裁判所の裁判官たち、それぞれの国・地域の最高裁判事らの若いこと! この点を比較するだけでも、日本はこれでいいのか、といよいよ深刻な気持ちになります。欧米になれば、ホームページも分かりやすいし、裁判官の顔ももっと見えています。


 さて、生まれて初めて入った代理人控え室は、案内された時点では、「検察官控室」という木札がかかっていました(それとも、横組みだったかな?)。代理人らが控室に入ってから、取り替えられましたが、いずれも職員の方たちがおられますので、写真撮影は無理でした。


 代理人や傍聴人の数よりも多いかと思われる職員らに常に気遣いいただいた(=監視された)状態の中で、判決言い渡しと弁論が始まりました。

 やはり、何か、「おかしい、違和感がある」。

 確かに、今日は、2件の判決言い渡しと2件の弁論でした。すべて、原判決を変更するためのものです。2つの口頭弁論には、それぞれ弁護士が4名ずつが代理人席に座りました。椅子が4脚しか用意してありません。それが上告人・被上告人のテーブルの大きさに合わせれば限度なのか、もう1脚くらい足せるのか、そこまでは観察出来ませんでした。通常のことなのか、今日は最大4名の代理人が出頭するという事前の予告で、4脚用意されていたのかわかりません。

 さて、言い渡しの2件はいずれも原判決を変更する行政事件で、自治体関係者と思われる複数の人が言い渡しと同時に外に駆けだしていきました。

 法壇には4人の裁判官しかいません。教科書類のみならず、法律にも各小法廷は5名からなると書いてあるのですが、今回は、第二小法廷。竹﨑博允長官は加わっていないため、4名です。

 だれが事件の裁判長かわかりません。何しろ、第二小法廷の長官以外の4名は、私は名前さえ知りません。司法に関する教科書の、該当部分の責任執筆者ではあるものの、第一小法廷と第三小法廷には親しい方や、名前だけは少なくとも知っているという方がほとんどであるのに、第二小法廷に知った裁判官の名前はありません。

 弁論が終わってからも、誰が裁判長役か分かりませんでした。最初の弁論と我々の2番目の事件は、裁判長が異なるのです。そのたびに、厳かに扉の奥から入廷される裁判官を起立・礼で迎えるのです。

 終了後に、小法廷の入り口の事件表示を見ましたが、裁判長のお名前も分かりません。
 職員の方に、判決言い渡しと1番目の弁論時の裁判長は誰か、2番目の事件は誰だったのか尋ねました。しばらくして、走って戻ってきてくれた職員は、最初は今井裁判官、2番目の弁論時は中川裁判官だと教えてくれました。2名の書記官の名前は、しっかりと事件表示の法廷入り口の紙に書いてあるのですが。

 2件の弁論のうち、当事者は事件ごとにワンセットですから、計4つの弁護士集団が廷内にいたわけですが、口頭で弁論要旨を述べたのは、私も代理人として加わっていた弁護団だけでした。

 参加することだけに意義がある、というような不思議な空間でした。ただ、弁護士経歴のうち、最高裁に代理人として入ることはほとんどないという現実があるためか、弁護士が家族・親族を連れてきていたりするグループもあって、高橋敏江戸の訴訟―御宿村一件顛末』(岩波新書、1996年)の時代とどれほど異なるのかなぁと思った次第です。

 私は、裁判長が誰だったかと聞いていたため退出が少し遅れました。ほぼすべての当事者・代理人・傍聴者はもう傍聴人入り口から出ていました。代理人の場合には、入ってきた玄関とは、異なります。

 判決言い渡しは、7月10日と指定されました。どんな理由で、どの部分がひっくり返るのか、皆目検討がつきません。
 
 いずれ、最高裁の裁判官室や、職員労働組合(全司法)の写真も載せることにしましょうか。

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