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2010年6月の記事

2010.06.23

大学教員は55歳定年制?

 今日、2010年6月23日は、法学研究院の教授会でした。4月のショッキング報告に引き続き、教員の定年引き上げに伴うボーナス全面カットの話が研究院長からありました。

 63歳になったら、大学からいなくなってくれ、というのが理事会の方針のようです。しかし、改めて考えるまでもなく、30歳頃に初めて大学教員になる者が多いですから、30歳から63歳までは33年間。もし、22歳から働いている人と同じように33年勤務と考えるならば、22+33=55、つまり55歳定年制なのです。それが、社会的に妥当な「仕打ち」なのかどうか・・・

 大学当局からの受け売り情報しかない学部の執行部からは、どの大学でもおおむね似たような給与やボーナスのカットが行われている、という報告です。しかし、事実とは相当異なるようです。3日ほど前、カット案の全面撤回があったという話を直接、当該大学教員から私は聞いてきたばかりです。

 給与やボーナスのカットの話は、改めて、各大学のデータを示して続けるつもりですが、問題は学内の冷めた動向です。

 教授会後に数名の若手教員と話したら、ボーナスの全面カットの話は、自分らにはピント来ない、というのです。確かに、教員によっては30年後、20年後、10年後の話です。今は、64歳からのカットが話題ですから。

 それまでに、できる教員は、ほぼ全員が、この大学から転出することを前提にしていますから実感が持てないのは当然でしょう。

 突如降ってわいたボーナス全面カット話に右往左往しているのは、70名近い教員のうちの1割程度でしょうか。これでは、大学当局の圧倒的勝利です。しかも、内部情報をもう少し早くから知っていた教員は、ちゃっかりと63歳で脱出する工作をし始めていたようです。知らぬは、少数の、私のような大学運営と無関係な下っ端の高齢教員だけ、なのかもしれません。

 法律論として、労使協定の締結などが要る、とか、労働関係の法律に違反する、と言ってみても、全学的には無関心でしょうから、理事会の勝利は目に見えているようです。

 来年度64歳になって退職する先生などは、司法試験に通って数年目の弁護士とほぼ同額の年間給与になるのではないでしょうか。専任教員として着任された時期が遅かったため、給与表での位置づけは格段に低いですので。

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2010.06.20

行政・自治No.116 市長専決による議員報酬日当制採用

行政・自治No.116 行政法を専門とする(あるいは、したいと思っている)全国の弁護士の実働組織として「ぎょうべんネット」があり、その九州版として、「ぎょうべんネット九州」があります。

 先週の土曜日、そのぎょうべんネット九州の主催で、2010年6月12日の午後、福岡県弁護士会館において勉強会がありました。阿久根市長の諸行為に関連する多数の裁判事件の実態を勉強しようと鹿児島県側の主任弁護士をお招きして、各種う資料に基づく研究会です。

 九大のロー・スクールの2年生全員を対象に、わざわざ5名分の座席を世話人会の先輩弁護士に用意してもらい、学内メール連絡網で出席して勉強するように言っていましたが、申込者はゼロでした。せっかくの機会に勉強して欲しいと教員としては苦労して準備しているわけですが、何の役にも立たないことが多いです。

 さて、そこで学んだ一連の事件の多さと、それらの事件が露呈させている裁判所(裁判所の判決・決定)の無力性については、考えさせられることが多々ありました。

 そこへ、2010年6月19日付け朝刊の報道です。阿久根市長は、専決処分で、議員報酬日当制を定めたというのです。年間で約355万円の報酬が、1回当たり1万円の日当となり、仮に議会が市長により招集されて開催されたとしても(現在は、開催されていません)、年間40万円にしかならなくなるというのです。

 同市職員の夏のボーナスが半額になるという専決処分も最近行われましたが、そのとばっちりで、県から出向で来ている課長らもボーナスは半額になるとか。県からの出向制度の是非は、ここでは論じませんが、たまたま派遣されていた3名の県職員の気持ちはいかがでしょう。おそらく、県職員の内部で、カンパ活動などが行われるのかもしれませんが、「想定外」のことが起きすぎて、法令に穴ぼこが開きまくっている、というべきか、法治国家では起こるはずのないことが起きてしまっているのか、それとも、両者が混在しているのか、まだまだ研究者も心して見続けなければならないことが多すぎます。

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2010.06.19

行政・自治No.115 やはり県町村会は、県の外郭団体?

行政・自治No.115 今日、2010年6月19日の朝日新聞福岡版によりますと、県町村会の一連の不祥事を契機に、福岡県は再発防止策として外郭団体向けの「会計管理マニュアル」を、同町村会に付与し、それに基づいた適正な会計処理を実施するよう求めていく方針を明らかにした、とあります。
 マニュアルは、今月作成され、町村会のほか、237ある県の外郭団体を統括する県の各部署に配布するそうです。

 町村会って、県の実質的な外郭団体なのですか? こうも正面から言われると、自治体連合組織の歴史はどうなっているのか、などという議論は、吹っ飛んでしまいます。

 県の人事課長は、新聞記事によれば、「町村会には職員や補助金を出しておらず県の指揮命令下にはないが、公共性の高い団体であり、マニュアルを渡して適正処理を促していきたい」と県の委員会で答弁したそうです。

 まったく信じられません。この国の行政組織は、「公共性のある団体」に、何でも言えるのですか?作る側も、委員会の委員も、それを報道するマスコミも。

 何かを、少し、勉強すれば、こういうハナシが実行に移されるはずはないのですが、理屈を語ってストップをかける人材はどこにもいないのですか?
 

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2010.06.18

行政・自治No.114 閑話休題「 「組織としての記憶」力は?」が公刊されました

行政・自治No.114 先に予告していました全国町村会刊行の『町村週報』に、「組織としての記憶」力は?が載りました。本ホームページ→研究業績→随想へのリンクです。

 町村会ホームページへの掲載は、何日が後になると思います。

 これについては、行政・自治No.113 をご覧下さい。

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2010.06.17

学内者向け いよいよ定年延長に伴うボーナス全面カット案明確化

 今後、従来の63歳定年を隔年で1年ずつ延長して、65歳を定年とする案が出ています。これに伴い、勤勉・期末手当(ボーナス)を支給しない といった案が具体的に提示されたようです。 → 原文 はこちら

 組合のニュースによれば、下記のようです。
 
 >この際、文面をよく御覧頂き、疑問・意見などがございましたら、6月23
 >日に予定されております、組合主催学習会等に御参加下さい。

 大学に、いくらカネがないと言っても、この目前に至っての仕打ちは何なのだろう? 実際にはボーナスがあるからやっと生活できているのに。年間の研究費30万円強(年度末にちょっと増えることがあるから不確定)、そのうち、研究旅費(学会参加など)は年間で最大10万円(誰もが驚かれる。驚かなかった人はいないです)。学生のゼミ旅行や合宿費用も自弁・・・

 多くの教員は、30歳前後から給料をもらい始めているので、実勤務年数は63歳までだと33年くらいと考えてみましょう。要するに22歳から働いている人と比べると55歳定年制というわけで、そのような会社は今でもないわけではないですが。

 これには少しコメントが寄せられてもいいような。

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2010.06.16

2010年度の新司法試験短答式合格者発表

 すでに、本年度の新司法試験の短答式試験の結果、合格者数データなどが法務省のホームページで発表されています。慣れないと、このデータの所在を見つけるのが難しいかもしれません。意外にも直接のリンクがあまり張られていないように思えますが、予備校辺りのホームページではリンクがあるのでしょうね。 → 平成22年司法試験短答式試験結果

 私個人は、合格者から、いの一番に伝えたかったという受験生の方からの第一報で、発表時期になったのか、と知った次第です。

 法科大学院別の合格者数も発表されていますので、心境は複雑です。勤務先大学は、合格者数で第15位。首都圏と関西圏の大学に負けるのは仕方がないとしても、私のような司法試験教育に向いていない教員がいなければ、もう少し合格者は増えるでしょうに。

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2010.06.08

行政・自治No.113 「組織としての記憶」力は?

行政・自治No.113 「組織としての記憶」力は? 」というタイトルで書いた町村週報用の閑話休題が校了となった今日は、朝日新聞の「天声人語」に、「記録に残る」ことと「記憶に残る」は、似て非なるところがある・・・と始まる一文が載っていました。

 原稿提出後に、万が一のために、モニターとして読んでいただいた方々からの、日本の組織の「記憶」力に関する感想は、以下のようなものでした。この「組織としての記憶」力という言葉は、山口二郎・北大教授1996年の講演の際に使われたものです。今回、自宅の資料の山の中から発掘しました。町村週報掲載の原文は、数日後には、掲載予定です。

〔Aさん〕

>  10年以上経ち、便利で優秀な物がどんどん世に出てきている中で、旧態依然の組織が多いのは、やはり公務員制度や官僚制度によるものでしょうか。
>
>  私は、事件の記憶を持ち続けられるのは被害を受けた方々だけのように思います。「組織としての記憶」は「個の記憶」が集まって出来ていて、被害者ではなくても「個の記憶」を持ち続けられる人間が増えれば「組織としての記憶」は新鮮なまま保ち続けられると思います。
>  それとも「個の記憶」があっても組織や集団になってしまうと、個が持っている記憶は失われるものなのでしょうか?
>  
>  「日本の役所には組織としての記憶力がない」という部分を読み、他の国の組織としての記憶力が気になりました。


〔Bさん〕

>  「組織としての記憶」を有印公文書偽造の形で平気で作る公的組織さえある」の部分は、先生の怒りが伝わってきます。
>
>  少し話しが拡散しますが、どこの役所でも、人事異動に際して「事務引継ぎ書」が作成されるのですが、これが後任者に役にたつことは、ほとんどありません。
>
>  それは、本当にかかえこんでいる「課題」については文書化されず、口述伝承されるだけだからです。
>
>  その結果、「事務引継ぎ書」には、
> ・どうでもいい解決済みの事項
> ・課題のふりをしているだけの実現不可能な「たわごと」
> みたいなものだけが記述されることになります。
>  あぶないことは文書化しないという暗黙の了解のようなものがあり、「課題=あぶないこと」のためか、結局、大切なことは何も引き継がれません。
>
>  法制を担当しているときに相談記録を作成していましたが、私の異動後、記録が積み重ねられることはありませんでした。しかし、何かことがあると古い記録が持ち出されてきます。利用されてはいるが更新されていないということです。まあ、10年前の六法で立ち向かっていく、ドン・キーホーテですね。
>
>  これは、もとの部署に戻ったときに、見覚えのある「事務引継ぎ書」と「まだB5版のままの相談記録簿」に再会することになり感じたことです。


〔Cさん〕

>  組織としての役所は国も地方も殆ど進化していないような気がします。
>  天下り問題も結構ですが、採用、研修、評価のあり方を根本から見直し、皆が抱く公務員像そのものの改革を図ることが急務です。
>  私の知っている感性豊かな官僚も、辞めたり、はみ出し者扱いされています。


〔Dさん〕

>  組織としての記憶、興味深く拝読させていただきました。
>  
>  先生のおっしゃっていることとは視点がずれますが、この春、新職場に異動して、うんざりしたのが資料が意味もなく残されていることです。記憶を残すべく、何十年も前の書類が書庫に埋もれているのですが、何の意味があるのでしょうか。いらぬ書類の山を、少しずつ切り崩しております。 

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2010.06.07

際限なき・・・入力作業・・・・

今日も、朝から今まで、大学から要求されている入力作業で1日が終わろうとしています。それでも、命令されていることのほんのわずかしか終えていません。1,000円ほどの文具を生協にやっとの思いで買いに行って、きちんとコンピューターで印字されている見積書、納品書、請求書を見ながら、もう一度、自分の研究室に戻って、手作業で入力。なかなかコンピューターが言うことを聞いてくれないので、30分もかかってしまいました。これなら自腹で買った方がずっと効率的です。そして入力を終えたら、生協の納品書などを3つ棟が離れた事務方まで届けなければなりません。
 
 コンピューターに入力し終えたら、印刷して,事務室に届けなさい、というその他の文書も実に多いです。何のためのコンピューター化なのか・・・本当に。

 毎年、人間ドックを扱う文部科学省共済組合(それとも、国家公務員連合共済会全体?)の下請け企業が変わり、同時にコンピューター予約システムも変わり、その都度、パスワードがリセットされたり、年度後半になるまでコンピューター・システムが安定しなかったり。最近は、健康診断を受けないと懲戒処分にする、という大学本部からのメールが再三送信されてきます。人間ドックの予約をしようとしても、コンピューターが受け付けてくれない上に(下請け企業の交替に伴い、コールセンターは1昨年は那覇に、昨年は徳島にありました。今年はどこになっているのでしょう?)、結局、診断結果は自分が事務局に持参しなければならないという仕組み。何のためのコンピューター化か、ここでも訳がわかりません。明日も、入力作業で一日、終わりそうです。

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2010.06.03

行政・自治No.112 こういう読者の方がいて下さる

行政・自治No.112 たまたまぶつかった若い弁護士の方のツイッター 上の発言です。「つぶやき」の日付は、2010年5月2日夜です。憲法記念日の直前ということでしょうね。

 時系列順ということで、画像に出ている順番を逆にしました。


>憲法の文献でとても面白いのは法学教室の「憲法学原論」。シリーズ冒頭の長谷部教授の論文での,日本国憲法が非常に賢く逞しい国民像を念頭に置いているという指摘には,「うおっ」と唸ったものだ。「個人の尊厳」という,いつも書いてるマジックワードは,とんでもなく深い意味を持つものだった。
11:25 PM May 2nd webから

>同時期の日本評論社の「いま,憲法学を問う」は,面白かったりつまんなかったりだったと思う。今読んでも説得的だと思うのは,「地方分権」における木佐茂男教授の研究と提言。地方自治分野においては憲法学の積み残し課題が極めて多いと指摘。あれから約10年たって,今はどうなっておるのだろう 。
11:29 PM May 2nd webから .

>しかしまあ,学者の論文ばっかり読んでたから,広く正確な知識が身につかなくて,なかなか司法試験に合格しなかったんだな。反省。
11:31 PM May 2nd webから

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