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2016.01.24

監視されていた裁判官懇話会、足元しか撮影できない裁判官研究会

Photo 日本の裁判を、悪くしないために頑張った裁判官は、さまざまな不利益を受けてきました。少なくとも、一九六〇年代末以降のヨーロッパとは全く逆の方向にありました。

 良心的な裁判官は、公安当局の監視を受けていたという司法の根幹ににかかわる事実があり、市民としての生活では、地方自治法に基づく直接請求の署名だって危ないのです。

 日本の裁判官の自主的研究会に行っても、顔は無理で、足元しか撮影できない時代が、ごく最近まであった、というより、今でもあります。(最終講義では、顔の入った写真もお見せする予定です)

 「4 監視されていた懇話会
 第1回の(裁判官)懇話会参加者について全国各地の公安調査庁が参加した裁判官の調査などを行っていた旨の詳細な報告を、ある判事補が第2回(近畿)懇話会>(1972年〔昭和47年〕)で行っている(①書94頁)。横田正俊我妻栄田中二郎といった著名な法律家が講演者などとして登壇する裁判官の集会が危険視されているのが実態であった。いつまで公安当局の監視活動が続いていたかわからないが、裁判官に対する萎縮効果は少なくなかったであろう。調査内容が最高裁事務総局にも報告されていたかどうかは定かでないが、わが国の政治権力の性格を知る素材である。」

 これは、木佐茂男全国裁判官懇話会が果たした役割とこれからの課題――全体会の記録を読んで」全国裁判官懇話会全記録刊行委員会編『自立する葦――全国裁判官懇話会30年の軌跡』(判例時報社、2005年)48~67頁 からの再録。今春発売の拙著『司法改革と行政裁判』第4章Ⅴ(第5節)に収録したものの一部抜粋です。

 〔注〕①書とは、第1回から第4回の懇話会記録を収録した全国裁判官懇話会世話人一同編『裁判の独立のために』(判例時報社、1975年〔昭和50年〕)のことです。

 1969年から1970年代前半は、(現在ではどうかわかりませんが)岩波書店の『世界』の購読者は、公安の監視対象になっているという話を当時は聞いていました。

 私は、1978年4月1日付けで大学に就職しました。それから38年が経ちます。その頃、京都市電の廃止反対運動が盛り上がっており、廃止反対署名運動も行われていました。廃止反対の署名は27万人に達したといわれています。そのときに、直接請求の代表人でもなく、単に署名収集の受任者になっていたという理由で、大学の専任講師に採用されなかった同期の研究者がいます。選管情報(選挙管理委員会) → 公安関係者 → 大学理事者 へと流れているのですね。

 今は、どうなんでしょう?

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